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ファッション話 vol.3                日本の洋服文化を調べてみた・・・       そうだったのか!

・・・・・Leo 

 

ぼくはイタリアに居た時、服飾関係の勉強をしていた。
だから、ファッションにはけっこう興味がある。
前回、「日本人はスーツを制服感覚で・・・」っていう話をしたけど、今回もその続き・・・。
ちょっとwikiで調べてみました。

Photo 日本で服装の西洋化が広まる要因となったのは1858年の日米修好通商条約だという説がある。日米修好通商条約により各地の港が開かれ、役人や通訳などの直接外国人と交渉をする立場の人間を中心に服装の西洋化が広まった。
1864年には長州征伐の兵を挙げた幕府が、軍服を西洋式にしている。
その後各地に小規模ながらも洋服の貸し出し店や洋服販売店ができるようになる。
1871年に陸軍や官僚の制服を西洋風に改めることを定めた天皇の勅諭が発せられ、警官・鉄道員・教員などが順次服装を西洋化することになる。

***服装の西洋化=制服から始まってるんだね。

1923年の関東大震災では和服を着ていた女性の被害が多かったことから、翌1924年に「東京婦人子供服組合」が発足し、女性の服装にも西洋化が進むことになる。
1927年には、当時の銀座三越において日本国内初のファッションショーが開催される。
また、日本橋にあった白木屋デパートで発生した大規模火災で、やはり和装の人々に被害が多かったことも相まって、従業員の服装を西洋式に改める百貨店が増加。更にそれにならう形で、大衆の服装の洋式化も徐々に広まっていった。

***機能性の高さから女性の洋服が広まったみたい。この大正末期から昭和初期にかけて「モボ・モガ」が大流行し、市民がおしゃれを謳歌した短いながらも良き時代となるんだ。

1930年代後半から戦時体制により繊維が極端に進む。
1945年に衣料切符制度がとられ、国民服と呼ばれる統一規格の洋服が配給され、数少ない配給衣服の着用での生活を余儀なくされる。

***また制服の時代再来。

敗戦。物資不足から1948年からGHQの放出衣料による古洋服の着用を始める。戦争からの開放感もあり、「占領軍ファッション」として中古アメリカ衣料への傾倒が起こり、戦後初めての流行感覚が生まれた。

***物がないからどんなもんでも工夫して着るということになる。これって現代の日本ファッションの原点かもね。古いものにこだわらず、いろいろなものをミクスチャーしてオリジナルのファッションを作りあげちゃう。Bravissimi!!

1953年には、当時ヨーロッパで隆盛を極めたファッションデザイナーのクリスチャン・ディオールが来日。海外ファッションの導入が始まった。
1958年にはピエール・カルダンが来日。量産のプレタポルテの時代の到来を告げる。1960年代以降から衣料の大量消費の時代が始まり、一般大衆も手が届くようになっていく。

以降、高度成長と共に生活に余裕が生まれ、ファッションを楽しむようになる。

こうして見てみると一部の特別な例を除けば、日本人が洋服を着はじめたのは約150年まえからということになる。
ヨーロッパでは古くから洋服がきられ、日本の着物のように文化やTPOなどが継承されてきている。
また、日本の洋服文化は制服からはじまり、庶民へと広がりはじめてからも、戦争という大きな波に飲まれて自由にのびのびと発展していくことを許されなかった。
イタリアはみんなも知ってるように、一番最初に「はい、負けました」って手を上げちゃったから、街も壊れていなければ、生活もほとんど変わらずに現代に至っている。もちろん、洋服文化も・・・。だから、日本人の着物のように失敗も少ないし、着こなすセンスというものが養われている。でも、コンサバだけどね・・・。

あー、また長くなってしまった。
続きは次回にしよう・・・se ce la faccio…
Stavolta prometto! Scrivo POCO!
 

 

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1. レオナルドの部屋」カテゴリの記事

コメント

着物について、うわ、日本人より詳しいんじゃん?、という内容に熱意を感じちゃいました。着物のTPOは日本人でも今はそれほど詳しくないし、着ることへの美学は人から聞いたりしてわかることではないかも知れませんね。受け売りですが(私はリアルタイムでは経験してないことなので)、着物の常識がそうであるように、その時代女性が腕や脚を見せることはタブー(ポルノ?)だったらしく、大正時代のモデルさんが写真撮影でスカートをはかされ、ひざ下を撮られることへの抵抗感から泣き出すシーンを、ドラマで見たことがあります。そういえば、私のおばが、見合いを紹介するために預かったある女性のスナップを私に見せて、サンドレス姿について「人様に見せるのに、こんなに二の腕を出した写真なんか出すものじゃない」と言っていたのを思い出しました。

投稿: NAOCO | 2009年1月27日 (火) 09時34分

なるほど、なるほどcoldsweats02
日本は、和服の文化とは違って、洋服文化は機能性とかまたは制圧された中で浸透させていった、というような感じなんでしょうかね。洋服への「おしゃれ」を意識し始めたのは、長い歴史の中ではほんのちょっと前なんですねぇ。。。
イタリアのお年寄りがオシャレに見えるのと、日本のお年寄りが「粋」に着物を着こなせるのと、根本はきっと同じことなんですね。
洋服のおしゃれもしたいけど、着物を「粋」に着るお年寄りになりたい!!!どちらもハードルが高いけどcoldsweats01

投稿: saori | 2009年1月29日 (木) 16時43分

自分の国のことながら、知らないことが結構あってとても
勉強になりました!
私の主人の父は、90代の戦争経験者。父の元を訪れる時、
主人は殆どといっていいほどジーンズを履きません。
以前、理由を尋ねたら、”父の世代の人間には”ジーンズ
は作業着”という感覚がまだ強くあるから”と答えが返って
きました。親しき仲にも礼儀あり。子といえど、結婚して
一人前になった今、作業着で親を訪ねるのは失礼だという
彼なりの配慮だったようです。
こういった、年配の人を思いやる気持ちも、もしかしたら
西洋ファッション取り込みへの遅れを助長しているのかも?
親の影響って、大きいですもん(笑)。


投稿: Sachi | 2009年1月30日 (金) 00時51分

Ciao a tuttiiiii!!
やはり日本の洋服の浸透の歴史的な話はインパクトがありますね。
私にとっても凄く勉強になりました!
実はこのブロッグ自体全面的に勉強になっていますけどね。。
さ〜!着物を着て良い週末を!

投稿: Leo | 2009年1月31日 (土) 21時21分

私も一応染織を学んだものとして、興味深い話なのでレスさせてもらいます。昔の人の普段の着物は木綿で扱いやすかったのですが、最近では木綿の着物自体売ってなくて、絹素材の着物しか置いてない店ばかりで着物業界自体も高いものばかり売って採算をとろうとしてるように私は思います。着物離れは着物業界が怠惰なせいで起こってるとも思います(生活のせいもありますが…)。もっと身近に着れるような着物を売るような着物屋が増えればいいなと思います。ちなみに日本人に一番似合う洋服は日本人のデザイナーもので特にコムデギャルソンが一番体型に合うらしいですよ。(私には高くてグッチもギャルソンも買えませんが…)長文失礼しました。

投稿: チャッキー | 2009年1月31日 (土) 23時13分

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